し、って1文字だけで思い出すんです。
好きな物が同じだから思い出すんです。
一緒にしようって約束したこと、未だに忘れられないんです。
全部自分で選択したくせに、辛いのはなぜ。
し、って1文字だけで思い出すんです。
好きな物が同じだから思い出すんです。
一緒にしようって約束したこと、未だに忘れられないんです。
全部自分で選択したくせに、辛いのはなぜ。
毎晩、
「いっそ死んでやろうか」
そう思ってる。
この世の中、なにが起きるかわかんねえんだから
俺がなにしたっていいんじゃないか?
18歳になった夜、
酒を飲んだ。
ほろ酔いの白桃とオレンジってやつ。
よく分からない味だった。
ちょっとだけ酔いが回って、絶望した。
将来に。親に。今まで自分に。
「ああ、もう2時半だ。」風呂に入った。
ハロー、絶望。こんなはずじゃなかったかい?でもね、こんなもんなのかもしれない
口ずさんだ。
お風呂からあがって素っ裸で鏡を見た。
ボッコボコに殴られたボクサーみたいな目をしたやつが鏡に映ってた。
「はは、」
こんな夜も悪くない、
こんな人生も悪くないと
心の底から初めて思えた気がする。
ハッピーバースデー、自分。
もう、何もかも逃げ出してしまおうかと。
いまなら、逃げ出す事も出来るんじゃないか。
この呪縛から逃げてもいいと言われてるんじゃないか、とさえ思えてくる。
でも、きっと僕は出来ないんだろう。
Fさんの著書、「20代で得た知見」の中に『完璧主義者はミケランジェロだけでよい』という言葉がある。
私はこの言葉を見た瞬間はっとした。
(ここからの話は「20代で得た知見」を読んだ人は分かるかもしれない)
考えてみれば、私は“事前完璧主義者”である節が多々見られる。
小さい頃の夢は、それに匹敵するであろう。
小さい頃は絵を描くのが好きで、漫画家になりたいと思っていた。だが、自分は周りの子と比べて特別絵が上手い訳では無いと、小さい頃ながら現実に気づいてしまった。
それからは漫画家になりたいなどと誰にも言わなかった。
今の夢だってそうだ。
気の許した友人には「ライブハウスをパンパンにするバンドマンになる!」などど言いながら、バンドさえ組んでいなければ、曲だって作ったことがない。
最初に掲げる夢が大きいのが悪いわけじゃない。だが、それを“必ず完璧に叶えなければならない”と思っているのが少々問題なのではないか。
どのような結果であっても自分が納得できる結果であれば、人は“夢が叶った”と思えるのではないか。
この著書のおかげで少し楽に生きる道を見つけれた。
そうは言っても天邪鬼で頭でっかちな私は、すぐに実行出来るわけではないだろう。
少しずつ“事前完璧主義者”を溶かしていければと思う。